
開店祝いの縁起物であるだるまの置物
だるまの目入れについて

1.願い事がある方が、左側(正面から向かって右側)に願いを込めて左目を入れてください。(筆ペン、油性マジックペン等がオススメです)

2.願いが叶ったら右側(正面から向かって左側)に、感謝を込めて右目を描いてください。
仮に願い事が叶わなくても、区切りとして、年の終わりや年度の終わりには右目を入れてご供養ください。
だるまとは何か
「だるま」は、インドから中国にわたり禅宗を確立した「達磨大師」のことであるとともに、
仏教用語としては「真理、規範、事物」などの意味を表します。
だるまのご利益
一般的には「商売繁盛」や「開運出世」などの守り神として、また、
「人に忍耐・人望・福徳の三徳をさずける福神」
と言われ、古くから広く信仰を集めてきました。
また、だるまには「何度失敗しても屈しないで奮い立つ」という「七転び八起き」の意味もあるので、
「必ず叶えたい願いがある方の必需品」です。
本人がお買い求めになるのはもちろんですが、贈り物としてもおすすめです。
だるまの由来
始まりは、延宝5(1667)年に東皐心越禅師が開山した禅宗の一派である黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に心越禅師の描いた一筆達磨の座禅像を配り札としていたことによる。
その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が達磨寺九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、高崎だるまの始まりとされている。
冬に風が強く乾燥する気候がだるま作りに適しており、農閑期の副業として盛んに行われるようになりました。
赤い達磨の理由
インドのような暑い国では、日差しを避けるために頭からずっぽり布をかぶります。それと、赤い色は仏教では位の高い人の印になります。
そのため描かれる達磨大師は、赤い布(法衣)を頭からかぶっているのです。
縁起物のだるまは、赤い法衣を身にまとった座禅姿と、江戸時代、庶民の間に禅宗が普及したことと、当時の恐ろしい流行病であった「疱瘡(天然痘の俗称)」や「はしか」などに赤ちゃんが掛からないようにとの魔除けの意味が結びつき、赤く塗られました。
願掛けの縁起物になった歴史
だるまは、禅宗の開祖である人物、「達磨大師」が座禅を組む姿をかたどったものです。
江戸時代頃から「起き上がり小法師」とも呼ばれ、「何度倒れても起き上がる」ことから願いを託す願掛けの縁起物になっていきました。
高崎達磨の歴史について
群馬県高崎市で生産されているだるま。「上州だるま」とも呼ばれているが公式名称ではない(高崎だるまが地域団体商標に登録されている)。全国生産の80%に匹敵する年間170万個が生産されている。現代の選挙の際に立候補時に左目玉を墨で入れ、当選後に右目玉を墨で入れる「選挙だるま」のほとんどが高崎で生産されている。冬に風が強く乾燥する気候がだるま作りに適しており、農閑期の副業として盛んに行われた。
始まりは、延宝5(1667)年に東皐心越禅師が開山した禅宗の一派である黄檗宗の少林山達磨寺で、毎年正月に心越禅師の描いた一筆達磨の座禅像を配り札としていたことによる。その後、文化年間に達磨寺の近隣の上豊岡の山県朋五郎が達磨寺九代目住職の東獄和尚に木型を彫ってもらい和紙を張って作ったのが、高崎だるまの始まりとされている。
球に近い形状の赤色の胴体にくぼんだ白い顔がついており、そこに豪快な髭と眉毛が描かれている。この髭と眉毛は鶴と亀をあらわすという。衣服には金色の縦縞が描かれ、正面中央や顔の左右には文字が記入される。特注でここに祈願内容など独自の文字を入れることもでき、祈願のシンボルや祝儀の贈物として広く利用されている。
高崎だるまのひげの意味について
高崎だるまの「まゆには鶴」「ひげには亀」がデザインされていると言われています。
「開運だるま大百科」より









































